恋愛に性差があるから 悲しかったり、惹かれ合ったり

なんだか、勢いでKINDLEで読んでみたのですが(役に立つと思い)まあ、多くのページを割いて述べられていることは「男女の性差」なわけです。要は。なので、これは小説指南本というよりも、性差があることによる、恋愛事情が書かれたご本なわけです。ちょっと小説指南本とはわけが違います。

この方いわく、ザックリ言うと「古来男子は狩りをする生き物、古来女子は留守を守り木の実を拾って生活する生き物」と定義づけられています。「狩りに生きるか、村社会にに生きるか」の違い、なかなか興味深かったですが、この本だけで恋愛物語ができるかと言えば、大間違いっす。

もう、年齢からか、男性として枯れて来ているのか、異性に対して淡泊になり、異性の急所にそんなにこだわらなくなり、高校も男女共学だったら、もっと違う思春期を送っていたのかも知れないと思う次第です。例えば、アニメ「セイレン」を見て、この男女共学の私立高校生、てめーら、うらやましいと思ったりすることも多々ありまして。

幼いころからさだまさしさんの悲しい恋の歌ばかり聴いてきて、恋愛をすれば、いずれ残酷な目に遭うんだね、という認識に至り、あまり恋愛に対して積極的になれず。例えば、ある青果店から盗んできて、女の子がちょっとだけかじったレモンを、御茶ノ水の神田川へ向けて放り投げる歌とかが好きで。そして、幼いころから、失恋女王の中島みゆきさんの悲しい恋の歌ばかり聴いてきたため「女コワイ、女コワイ」という感情を抱き。例えば、血のように赤い服であなたに会いに行く歌とか、空からもらった贈り物がこの爪だけだ、きっとあなたを傷つけてしまう、といった、どこか恨みがましい歌とか聴いてきたためなど、いろいろです。これは性格というか、性分だからしょうがない。

本題に戻ると、女の子が男の子に求めるのは、端的に言えば「養って」という本能。「守って」という本能。「私を幸せにして」という本能などなど。僕は、女の子を幸せにしてあげられる自信が全くないので、身分不相応な恋はしてこなかった。確かに、無責任に、後先考えずに、本能に任せてセックスすれば、だれでも人の親になれるわけだけど、人の親になることって、そういうことじゃないだろう? それだけじゃあ子供を先々不幸にするのでまずいだろう? そういうことです。自分で背負いきれない荷物は、初めから背負わない。「責任取ってよね」と言われて、ぐうの音も出ないことが分かっているので、初めから負ける試合に出るぐらいなら、いっそ試合には一切出ない。

男子の草食化の原因は、たぶんだけどそこにあって、女性の社会進出で、女性の方が「マンモスを狩るのが上手くなってきた」時代に、男子は男子の存在意義を問われる。「じゃあ女の子たち、これからの狩りはお前らに任せた!」という気持ちに、少なくとも僕はなっちゃう。それは、それぞれの男次第で、どんな男かにもよるけどね。ましてや、女の子同士のいちゃらぶ全盛の世の中で、果たしてその間に男子が介在する余地があるやなきや。おじさんはそんなことを思います。

ちょっとだけ、難しい話をしました。おやすみなさい。

田所稲造 拝

田所稲造

ラノベ作家、シンガーソングライター、情報技術者、健啖家(笑)の田所稲造のホームページです。どうぞよろしくお願いいたします。

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